絵が好きだった。
写真が好きだった。
言葉少なに図録や写真集を手渡された。
夫と相似形の長い指を持つ義父との
共通の話題が嬉しかった。
昔の写真を語るときには饒舌になった。
あふれる思いが聞く耳を幸せにした。
・
「アナタに貸すから」
今年の正月にそう言われた。
初めてのデジイチは借り物NEX-5となった。
「GF1も使っていい」
そう言われたのは春先のこと。
すでにアミロイドの沈着が進んでいた。
予後不良の難病だと告知されていた。
頑なに拒んだ。
「GF1はお義父さんの、ですから」
病床の義父は静かに笑った。
・
毎週毎週、いろんな写真を届けに行った。
夫の写真と私の写真を競うように見せ合った。
どんな写真でも噛んで味わうように見てくれた。
帰り際、いつもぎゅっと手を握った。
握り返してくれる力強さが支えだった。
・
「遅くなると危ないから、早く帰りなさい」
促す言葉と裏腹に、手を緩めなかった5日前。
その手をムリヤリ解くように置いた。
何かを探すように動く指先。
後ろ髪を引かれる思いで病室を後にした。
・・・
私に貸すまでの7カ月で、
義父は335枚撮っていた。
借りてからの9カ月で
私は1775枚撮った。
今日もまたシャッターを切る。
NEX-5は借りたまま。
もう返せない。
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