2011年9月30日金曜日

五つの借り物


絵が好きだった。
写真が好きだった。

言葉少なに図録や写真集を手渡された。
夫と相似形の長い指を持つ義父との
共通の話題が嬉しかった。

昔の写真を語るときには饒舌になった。
あふれる思いが聞く耳を幸せにした。


「アナタに貸すから」

今年の正月にそう言われた。
初めてのデジイチは借り物NEX-5となった。

「GF1も使っていい」

そう言われたのは春先のこと。
すでにアミロイドの沈着が進んでいた。
予後不良の難病だと告知されていた。

頑なに拒んだ。

「GF1はお義父さんの、ですから」
病床の義父は静かに笑った。


毎週毎週、いろんな写真を届けに行った。
夫の写真と私の写真を競うように見せ合った。
どんな写真でも噛んで味わうように見てくれた。

帰り際、いつもぎゅっと手を握った。
握り返してくれる力強さが支えだった。


「遅くなると危ないから、早く帰りなさい」

促す言葉と裏腹に、手を緩めなかった5日前。
その手をムリヤリ解くように置いた。
何かを探すように動く指先。
後ろ髪を引かれる思いで病室を後にした。

・・・

私に貸すまでの7カ月で、
義父は335枚撮っていた。
借りてからの9カ月で
私は1775枚撮った。

今日もまたシャッターを切る。

NEX-5は借りたまま。
もう返せない。

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